遺留分侵害額請求×非上場株式:折衷方式(純資産+DCF等)が使われる理由と注意点
- 誠 大石

- 2月18日
- 読了時間: 15分
更新日:3 日前
まず結論:自社株(非上場株式)の遺留分は「相続開始時の時価」が争点
この章で分かること:
自社株が絡む遺留分侵害額請求で、何を軸に争点を整理すればよいかの全体像です。
自社株(非上場株式)の遺留分で揉めるとき、核心は「相続税評価額をそのまま使えるのか、それとも別の"時価"を出す必要があるのか」です。結論から言えば、相続税評価額と遺留分算定で使う時価は目的も根拠も異なり、そのまま一致するものではありません。評価額が大きくなりやすい自社株では、この違いが請求額に直結します。
2019年改正で金銭債権化→評価額が請求額に直結
2019年(令和元年)7月1日施行の改正相続法により、遺留分侵害額請求は金銭債権(お金で払う請求権)に一本化されました。改正前のように株式の現物返還を求める必要はなく、侵害額に相当する金銭の支払を請求する構成です。つまり、自社株の評価額がそのまま金銭請求額に直結します。
この記事の射程(税務評価との違い/評価手法/資料/期限の許与/特例)
本記事では、遺留分侵害額請求における非上場株式の評価を中核に、税務評価と民事評価の違い、裁判所で使われる評価手法(純資産・DCF等・折衷方式)、資料収集の壁、期限の許与、経営承継円滑化法の特例までを扱います。「遺留分とは何か」という基礎解説は扱いません。すでに揉めている/揉めそうな方が次の一手を見通すための記事です。
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評価の出発点:遺留分算定基礎財産は「相続開始時の価額」
この章で分かること:
自社株をいつの時点の価値で評価するかのルールです。
算定基礎財産の条文枠組み
遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が「相続開始の時において有した財産の価額」に贈与財産を加え、債務全額を控除して算出します。非上場株式が遺産に含まれる場合、この「価額」をいくらと認定するかが最大の争点です。
相続開始時の「時価(客観的交換価値)」が問題になる理由
ここでいう「価額」とは、時価(客観的交換価値)を指すとされています。しかし、非上場株式には市場価格がありません。上場株式のように取引所の終値を見れば済む話ではなく、「どの方法で時価を出すか」という方式論が必ず争点になります。この方式選択の問題が、自社株の遺留分を複雑にする最大の要因です。
税務評価(相続税評価額)と民事評価(遺留分)の根本的な違い
この章で分かること:
相続税申告の数字がなぜ遺留分算定にそのまま使えないのか、その構造的な理由です。
目的の違い(課税の簡便性 vs 公平な分配)
相続税評価は、国と納税者の間で税額を簡便かつ画一的に計算するためのものです。一方、遺留分算定は、相続人間で公平に財産を分配するためのものです。目的が根本的に異なるため、同じ数字になるとは限りません。
根拠規定の違い(通達178〜189 vs 民法1043)
相続税評価は国税庁の財産評価基本通達(178〜189条)に基づきます。民事上の評価は民法1043条の「時価」が基準であり、裁判所の合理的裁量により方式が選択されます。根拠規定の土俵自体が異なります。
乖離が生じやすい典型(0.7乗数/配当還元の極端な低さ/対策)
税務評価が民事上の時価より低くなりやすい理由として、以下の点が挙げられます。
• 類似業種比準方式に含まれる0.7の減価乗数: 評価額が構造的に引き下げられる仕組みがあります。
• 配当還元方式(=少数株主向けの特例的評価方式): 無配当の会社では極端に低い評価額になり得ます。
• 相続税対策による意図的な引下げ: 株特外し(=株式保有特定会社の判定を回避する対策)等により、評価額が意図的に低くされている場合があります。
業績好調な会社では、DCF法(=将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて算定する方法)や収益還元法で算出した時価が相続税評価額の数倍になることも珍しくありません。
弁護士会資料の指摘(税務評価は私人間紛争の解決目的ではない)
第二東京弁護士会の研修資料では、「税務上の株式評価は、あくまで国家と国民との間の課税関係を律する基準であり、遺産分割という私人間の利害対立の解決を目的とするものでない」と明確に指摘されています。税務評価を遺留分の場でそのまま持ち出すことの問題点を裏付ける資料です。
民事上の評価方法:純資産・収益(DCF等)・比準・折衷方式
この章で分かること:
裁判所で実際に使われる評価手法の種類と、折衷方式が多い理由・その批判点です。
主要方式の全体像
非上場株式の民事上の時価評価には、大きく分けて以下の方式が用いられます。
• 時価純資産法: 会社の資産・負債を時価に置き換えて純資産を算定する方法。客観性が高いとされ、資産保有型会社や清算予定会社に適するとされます。
• 修正簿価純資産法: 主要項目のみ時価に修正する簡便法です。
• 収益還元法: 将来の純利益を一定の資本還元率で割り引く方法。継続企業の評価に適しますが、恣意性の批判もあります。
• DCF法: 将来のフリーキャッシュフロー(FCF)の現在価値合計を算定する方法。継続企業の評価として最も優れるとの評価がある一方、前提の置き方で結果が大きく変わります。
• 配当還元法(ゴードン・モデル): 配当成長率を加味した配当の現在価値で算出。少数株主にとっての株式価値を反映しやすいとされます。
• 類似会社比準法: 類似上場会社の株価・財務指標を参考にする方法。適切な比較対象がある場合に使われます。
家庭裁判所実務で"折衷方式"が多いとされる理由
家庭裁判所の実務では、複数の評価方法に一定の割合を乗じて加重平均を出す「折衷方式」が採られることが多いとされています。
どの評価方法にも一長一短があるため、単一方式に依拠するのではなく複数を組み合わせることで評価の安定性を図る趣旨です。
折衷方式への批判点(恣意性)
ただし、折衷方式には批判もあります。
第二東京弁護士会の資料では、「信頼に値しない数値を複数寄せ集めても信頼できる数値が算出できるわけがない」「折衷割合を恣意的に決められるので株価自体を恣意的に操作できてしまう」との指摘がなされています。
折衷方式が使われることが多いとはいえ、割合の根拠は常に問われ得る点を意識しておく必要があります。
判例・裁判例から見える「裁量」と手法選択
この章で分かること:
裁判所がどのような考え方で評価手法を選んでいるか、主要判例の整理です。
遺留分算定で時価純資産法を採用した裁判例(大阪高決昭58.2.7)
遺留分算定における非上場株式評価の判決として、時価純資産法を採用した大阪高決昭和58年2月7日があります。
ただし、この判例については「かなり古いものであり、支配株主かどうかの区別をせずに算定しているので、今後も合理的として採用されるかは疑わしい」との評価があります。
裁判所の合理的裁量(最決平27.3.26)
会社法上の株式価格決定に関する最決平成27年3月26日は、「非上場株式の算定については、どのような場合にどの評価手法を用いるかについては、裁判所の合理的な裁量に委ねられている」と判示しました。
この判例は会社法の価格決定の文脈ですが、遺留分算定でも手法選択の参考にされることがあります。
DCF法+下支え(東京高決平28.9.14)
東京高決平成28年9月14日は、DCF法を基本としつつ、修正簿価純資産法による評価を下限(下支え)として買取価格を算出しました。DCF法だけで決めるのではなく、純資産を下回らないようにする実務的な考え方です。
折衷方式の例(大阪高決昭60.6.18/高松高決昭50.3.31)
大阪高決昭和60年6月18日は、収益還元0.3/配当還元0.3/純資産0.4の折衷割合を採用しました。純資産にやや重い割合を配分した理由として、株主の潜在的な残余財産分配請求権を挙げています。高松高決昭和50年3月31日は、類似会社比準0.5/純資産0.5の均等折衷が合理的と判断しました。折衷割合は事案ごとに異なり、固定的なルールはありません。
非流動性ディスカウント(市場性の欠如による減価)の論点
この章で分かること:
非上場株式で「市場性がないから値引きすべき」という主張がどこまで通るかの整理です。
収益還元法+二重減価(最決平27.3.26)
最決平成27年3月26日は、収益還元法で算定した株式価格について非流動性ディスカウント(=市場で売買できないことを理由にした減価)を行うことはできないとしました。収益還元法には市場取引価格との比較という要素が含まれていないため、さらに市場性欠如で減価すると「二重減価」になるとの判断です。
DCF法+ディスカウント肯定(最決令5.5.24)
一方、最決令和5年5月24日は、DCF法による評価額から非流動性ディスカウントを行うことを認めました。この判例は最決平27.3.26と「事案を異にする」と述べており、二重減価にならない範囲であれば非流動性ディスカウントは認められるという整理が有力です。
遺留分への影響は「直接の最高裁判断が見当たらない」
上記2つの判例はいずれも会社法上の株式価格決定の文脈です。
遺留分算定の場面で非流動性ディスカウントの可否を直接判断した最高裁判例は、現時点では見当たりません。
実務上は、会社法の判例法理を参考に個別判断がなされている状況です。
ディスカウントの主張がある場合は、どの方式で算定しているかによって射程が変わり得る点を押さえておく必要があります。
争いが起きる典型パターン(実務の詰まりどころ)
この章で分かること:
自社株の遺留分で実際にどこが揉めやすいか、5つのパターンです。
税務評価と時価の乖離
最も典型的な紛争類型です。後継者側が「相続税申告で使った評価額」で押し切ろうとし、非後継者側が「会社の真の価値はもっと高い」と主張するケース。業績好調な会社ほど乖離が大きくなりやすい構造です。
評価方式の選択争い/折衷割合の争い
純資産方式とDCF法では評価額が大きく異なることがあり、どの方式を採用するか、折衷するなら割合をどうするかで対立が生じます。鑑定人の選任・鑑定書の内容にまで争いが及ぶことがあります。
会社資料が取れない(決算書・計画等)
経営に関与していない遺留分権利者が、株価算定に必要な決算書・事業計画等にアクセスできないケースは珍しくありません。情報格差が交渉を硬直させる大きな原因になります。
事業承継と遺留分の競合(後継者の資金難)
被相続人が後継者に自社株を集中させる遺言を残した場合、他の相続人の遺留分を侵害する典型パターンです。後継者側は株式を持っていても現金がなく、支払困難に陥りやすい構造があります。
不相当対価の生前売買(1045条2項)
被相続人が後継者に対し時価より著しく低い価格で株式を売却していた場合、差額が遺留分算定基礎財産に加算される可能性があります。ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合にのみ適用されます。要件を落とさないよう注意が必要です。
資料収集:評価に必要な会社資料と"アクセス"の壁
この章で分かること:
株価評価に必要な資料の種類と、資料が出てこない場合の対処の方向性です。
評価に必要となり得る資料(決算書・事業計画等)
DCF法や収益還元法で評価するためには、直近数年分の決算書(貸借対照表・損益計算書)、事業計画、キャッシュフロー計算書などが必要になります。純資産法でも、資産・負債の時価評価には帳簿の詳細が欠かせません。これらの資料がなければ、そもそも評価のスタートラインに立てません。
閲覧請求権の活用(会社法433条等)
株主であれば、会社法上の閲覧請求権を活用して会計帳簿等の閲覧を求めることができます。具体的な要件や手続の詳細は事案によって異なるため、専門家に相談の上で進めるのが望ましい場面です。
鑑定・評価書の作り方の方向性(一般論)
株価の鑑定や評価書の作成は、公認会計士や税理士など専門家に依頼するのが一般的です。どの方式で評価するか、前提条件をどう設定するかによって結論が大きく変わるため、依頼時に方式選択の方針を事前に整理しておくことが重要です。具体的な依頼先や手続は個別事情で変わります。
金銭で払えない/払わせられない:期限の許与(1047条5項)
この章で分かること:
自社株中心の相続で支払困難な場合に使い得る「期限の許与」の仕組みと限界です。
制度の位置づけ(受遺者・受贈者の請求で期限を許与し得る)
裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、金銭債務の全部又は一部の支払につき「相当の期限を許与」できるとされています。自社株のように換価が容易でない財産しかない場合の救済規定です。
事業承継で問題化しやすい理由
自社株が遺産の大部分を占める事業承継型の相続では、後継者が株式を保有していても現金が不足しやすい構造があります。株式を売却すれば支配権を失うリスクがあるため、簡単に換価できません。このような場面で期限の許与が問題となります。
万能ではない点(一般に、要件・運用差があり得る)
期限の許与は万能ではありません。
必ず認められるわけではなく、裁判所への申立てが前提です。一般に、流動性不足の客観的証明、資金調達に向けた具体的計画(融資の仮審査結果、資産売却計画等)、猶予期間の合理性が求められるとされています。
「払えません」と言うだけでは足りず、具体的な計画を示す必要がある点は、不動産の場合と同様です。裁判所によって運用に差がある可能性もあります。
生前対策の"別ルート":経営承継円滑化法の民法特例
この章で分かること:
生前に遺留分の問題を整理しておくための「除外合意」「固定合意」の仕組みです。
除外合意(遺留分算定から除外)
経営承継円滑化法では、後継者が贈与により取得した自社株式を遺留分算定の基礎財産から除外する合意が認められています。除外合意が成立すれば、その株式は遺留分の計算に含まれなくなります。
固定合意(価額を合意時点で固定)
自社株式の価額を「合意の時における相当な価額」に固定する合意も認められています。これにより、相続開始までの間に株価が上昇しても、遺留分の計算は合意時点の価額で行われます。
相手方の典型反論 → 再反論(順序つき)
この章で分かること:
交渉・調停で相手から出やすい反論と、それに対する再反論の組み立て方です。
反論①「相続税評価額で十分」→ 再反論:目的・根拠規定の違い
相手の主張: 相続税申告で使った評価額で十分。わざわざ別の評価をする必要はない。
弱点: 相続税評価は課税の簡便性を目的とした通達評価であり、民事上の時価とは根拠規定・目的が異なる。弁護士会資料でも「私人間紛争の解決目的ではない」と指摘されている。
再反論の方向: 遺留分算定の基準は民法1043条の「時価」であり、税務通達の評価とは土俵が違うことを示す。
反論②「DCFは恣意的」→ 再反論:裁判所の裁量と下支えの考え方
相手の主張: DCF法は前提の置き方次第で結果が大きく変わるから恣意的で信用できない。
弱点: 手法選択は裁判所の合理的裁量に委ねられており、DCF法も広く採用されている。前提の恣意性は折衷方式や下支えで補正される。
再反論の方向: 最決平27.3.26の「合理的裁量」の枠組みを示しつつ、東京高決平28.9.14のように修正簿価純資産法で下支えする考え方を提示し、一方式だけで決めない構造を説明する。
反論③「非流動性だから大幅に値引き」→ 再反論:判例の射程と"二重減価"論
相手の主張: 非上場株式は市場で売れないのだから、大幅な非流動性ディスカウントを適用すべきだ。
弱点: ディスカウントの可否は評価方式によって異なる。収益還元法では「二重減価」として否定された判例がある。
再反論の方向: 最決平27.3.26の二重減価論を示し、どの方式で算定しているかによって射程が変わることを確認する。大幅な値引きが常に認められるわけではない。
反論④「会社資料は出せない」→ 再反論:会社法上の閲覧請求権
相手の主張: 会社の内部資料は経営上の機密であり開示できない。
弱点: 株主には会社法上の閲覧請求権がある。正当な理由のない拒否は認められにくい。
再反論の方向: 会社法433条等に基づく閲覧請求権の存在を示し、資料が出なければ裁判所を通じて資料収集を進める方向に持ち込む。
反論⑤「払えない」→ 再反論:期限の許与の枠組み
相手の主張: 自社株しかなく現金がない。払えないものは払えない。
弱点: 「払えない」は法的な免除理由にならない。遺留分侵害額請求は金銭債権として確定している。
再反論の方向: 「払わなくてよい」のではなく、期限の許与(1047条5項)の枠組みで猶予を求める方向に議論を移す。その際、資金調達の具体的計画を示す必要がある。
チェックリスト(必要資料)
この章で分かること: 交渉・調停・鑑定に備えて集めておくべき資料の一覧です。
税務評価資料(前提確認用)
• 相続税申告書(評価明細書を含む)
• 財産評価基本通達に基づく評価の前提資料
• 類似業種比準方式の計算根拠
民事評価に必要となり得る資料(決算・計画等)
• 直近3〜5年分の決算書(貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書)
• 事業計画・中期経営計画
• 不動産等の含み損益が分かる資料(固定資産台帳等)
• 配当実績・配当方針
株主・会社法手続に関する資料
• 株主名簿
• 定款
• 株式譲渡制限の有無
• 過去の株式異動の記録
期限の許与を見据えた資金計画資料
• 預貯金残高証明書等(流動性不足を示す資料)
• 融資の仮審査結果
• 資産売却計画
• 支払スケジュール案
ご相談について
請求・資金繰りが切迫している方へ
自社株の評価は金額が大きい分、方式選択で一気に揉めます。民法・判例・公的資料に沿って評価の土俵と必要資料を整理し、期限の許与(1047条5項)の見通しも含めて次の一手を設計することが重要です。具体的事情に基づいた判断が必要な段階では、早めに弁護士にご相談ください。
評価のズレを見える化したい方へ
「相続税評価=時価ではない」という点を押さえるだけで交渉の景色が変わります。純資産・DCF等の特徴と折衷方式が使われる理由、相手の典型反論への返し方を整理してから動くと、不要な対立を避けやすくなります。
事業承継が絡む方へ
事業承継と遺留分が衝突すると、評価と資金調達の二重問題になります。除外合意・固定合意(経営承継円滑化法)やガイドラインの位置づけも踏まえ、現実的に"終わる形"を作るための論点整理が重要です。複合的な論点があるほど、早期の専門家相談が有効です。
以上、遺留分侵害額請求×非上場株式:折衷方式(純資産+DCF等)が使われる理由と注意点でした。
弁護士 大石誠
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