1、はじめに
遺言は、被相続人自身が、自己の財産の帰属について最終的な意思を表す重要な法的文書です。
その中でも「相続分の指定」は、被相続人が法定相続分とは異なる割合で遺産を分配することを可能にする重要な手段です。
しかし、専門家の助言なしに作成された遺言書では、しばしば解釈の問題や法的な課題が生じることがあります。この記事では、遺言による相続分の指定について詳しく解説し、その重要性と注意点を明らかにします。
2、「相続分の指定」とは
遺言・相続に関する相談を受けていると、被相続人の方が専門家に相談せずに作成した自筆の遺言書で、「相続分の指定」をしたものに遭遇することがあります。
民法902条1 被相続人は、前二条の規定(注:法定相続分の割合に関する条文)にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。2 被相続人が、共同相続人中の一人若しくは数人の相続分のみを定め、又はこれを第三者に定めさせたときは、他の共同相続人の相続分は、前二条の規定により定める。
被相続人の意思に基づき、共同相続人のすべて、あるいは一定の者について法定相続分の割合と異なった割合を定めることを、「相続分の指定」といいます。
法定相続分の割合にとらわれず、被相続人の意思に基づいて相続財産を分配できるこの制度は、柔軟な遺産分割を可能にします。
遺産の全部を、幕の内弁当に例えると、よくある「遺産分割方法の指定」が、卵焼き・焼き魚は長男に、ご飯は配偶者に、煮物・漬物は長女に…と指定するのに対して、「相続分の指定」は、弁当箱の中の4分の3を配偶者に、8分の1を長男に、8分の1を長女に、それぞれ取得させると決めるものになります。
(※具材を、不動産、現金、預貯金、株式…と置き換えています)
相続分の指定と遺産分割方法の指定は、しばしば混同されますが、その性質は大きく異なります。
「遺産分割方法の指定」は、特定の財産を特定の相続人に与えることを指定します。
例えば、「不動産は長男に、預金は長女に」というような形で行います。
これに対して、「相続分の指定」は、遺産全体に対する割合を指定します。
例えば、「遺産の60%を配偶者に、20%ずつを子供たちに」というように指定します。
この「相続分の指定」。なかなか、遺言の解釈が難問です。
相続分の指定は、相続財産に対する包括的な持分割合である法定相続分の修正ですから、相続人は指定相続分に従って遺産分割を行い、各遺産を取得することになります。
他方で、相続人に対する遺贈も予定されていることから、相続人に対して、割合による包括遺贈がされた場合には、「相続分の指定」なのか「包括遺贈」なのか、遺言の解釈が必要になります。
「相続分の指定」なのか「包括遺贈」なのかによって、代襲相続の可否、相続放棄がされた場合の処理、残余財産に対する相続権の有無といった論点で結論が分かれることになります。
同じく割合による財産の分配が指定された場合であっても、「相続分の指定」なのか「包括遺贈」なのかによって、代襲相続の可否や相続放棄時の処理が異なってきます。
特に、相続人の一部に対して、遺産の全部に関する相続分の指定をし、相続分がない相続人がいる場合、遺留分の問題となるのか、相続人の廃除の問題となるか、といった分岐点が生じることになります。
相続分をゼロと指定した遺言について、ゼロと指定された相続人から、他の相続人に対する遺留分減殺請求(現在の遺留分侵害額請求)を認めた事例もあり、相続人の廃除の問題としたいのであれば、やはり適格な方法で遺言書を作成する必要があります。
相続財産に漏れがあった場合や、相続人の漏れがあった場合、相続人の漏れがなくとも指定する分数に漏れがあった場合、分数(割合)を合計しても1(100%)にならない場合等にも、解釈の困難が生じます。
また相続分の指定だけをした遺言の場合には、指定相続分を前提とした遺産分割協議が必要となり、遺言執行者による遺言の執行が観念できません。
「他の表現にしておけばスムーズに遺言の内容を実現できたのに…」となってしまうわけです。
これらの複雑な問題を回避し、被相続人の意思を確実に実現するためには、遺言書作成時に法律の専門家の助言を受けることが極めて重要です。
以下のような点で的確なアドバイスを提供できます。
①法的に有効な表現の選択
②相続人全員の権利を考慮した公平な分配
③将来起こりうる紛争の予防
④税制面での最適化
3、結論
遺言による相続分の指定は、被相続人の意思を尊重した柔軟な相続を可能にする重要な手段です。
しかし、その作成と解釈には多くの法的課題が伴います。
確実に意思を実現し、相続人間の紛争を防ぐためには、専門家の助言を受けながら慎重に遺言書を作成することが不可欠です。
相続に関する悩みや疑問がある場合は、ぜひ当事務所にご相談ください。
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弁護士 大石誠
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