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遺留分減殺請求と価格弁償の全体像|旧法の実務・令和7年最高裁判例をわかりやすく解説

  • 執筆者の写真: 誠 大石
    誠 大石
  • 7月10日
  • 読了時間: 14分

はじめに

遺留分制度は、相続において被相続人の自由な意思による財産処分と、一定の法定相続人が持つ最低限の取り分を調整するために設けられた制度です。もしこの制度がなければ、特定の相続人が財産をまったく受け取れないという事態も起こりかねず、相続人の生活や公平性が損なわれてしまいます。そのため、民法では「遺留分」という仕組みを設けて、相続人の最低限の権利を守るようにしています。


本記事で扱う「遺留分減殺請求」や「価格弁償」は、平成30年民法改正(施行:令和元年7月1日)以前の制度の中で重要な役割を果たしていました。現在の制度では、遺留分の権利者は「遺留分侵害額請求」として金銭の支払いを請求する形に一本化されており、現物の返還を求めることは原則としてできません。

しかし、相続が平成31年6月30日以前に開始している場合には、今でも旧制度が適用されるため、過去の法制度を正しく理解しておくことは実務において非常に重要です。


特に「価格弁償」については、旧法下で現物返還が原則とされていた中で、例外的に金銭での清算を認める重要な制度でした。その際、どのような条件で金銭による解決が認められるのか、受遺者の意思表示だけで成立するのか、それとも遺留分権利者の同意が必要なのかといった点が争点となっていました。


こうした中で、令和7年7月10日に言い渡された最高裁判例(094263_hanrei.pdf)は、旧法下の価格弁償に関する理解を見直す重要な判断を示しました。特に、受遺者が一方的に「弁償する」と表明しただけで、金銭による解決が成立するのかという点について、これまで曖昧だった解釈に明確な方向性を与えたことが注目されています。


この記事では、まず旧制度の基本的な仕組みを確認したうえで、改正後の制度との違いを整理し、さらに今回の判例が実務に与える影響についてわかりやすく解説していきます。旧法が適用される事案は今なお残っており、今回の判例はその終局的な処理や交渉の指針として大きな意味を持つと言えるでしょう。


遺留分減殺請求制度(旧法)の概要

遺留分減殺請求制度は、平成30年民法改正以前において、遺留分権利者が自己の取り分を確保するために用いることができた重要な制度でした。遺留分とは、相続人の中でも配偶者や直系卑属など、法律で定められた者に保障される「最低限の取り分」を意味します。この取り分は、被相続人が遺贈や贈与によってすべての財産を他人に渡してしまった場合であっても、奪われることのない権利として認められています。


旧民法のもとでは、遺留分を侵害するような贈与や遺贈がなされた場合、遺留分権利者は「遺留分減殺請求」という手段を通じて、それらの法律行為を一部失効させ、自らの取り分を取り戻すことができました。これは単なる損害賠償請求ではなく、法律上の「形成権」として、請求がなされた時点で侵害行為の効力が減殺され、遺留分権利者に対して目的物の権利が直接帰属するという、いわば物権的な効果を持つものでした。


減殺の順序についても、法律上の明確なルールが定められており、まずは遺贈が優先して減殺の対象となります。それでもなお遺留分の侵害が解消されない場合には、次に生前贈与が対象となり、複数の贈与がある場合には、贈与の時期が新しいものから順に減殺していく仕組みでした。このような順序は、遺産の処理における公平性や予測可能性を確保するための重要なルールとなっていました。


請求方法については、訴訟提起をしなくても意思表示だけで足りるとされており、比較的簡便な手段で行使できる点が特徴でした。ただし、この請求には時効があり、相続の開始と遺留分の侵害を知った時から1年、あるいは相続開始から10年を経過すると、請求権は消滅するとされていました(旧民法1042条)。この短期間の消滅時効は、相続関係の早期安定化を図る観点から設けられたものです。


このように、旧法における遺留分減殺請求は、現物の権利を取り戻すという点で非常に強い権利であり、その制度的な性格は現行法の金銭請求とは大きく異なるものでした。特に、請求がなされた瞬間に贈与・遺贈の効力が当然に減殺され、目的物が移転するという点は、現行制度では見られない旧法特有の構造と言えるでしょう。


価格弁償制度の位置づけと法的構造

旧民法においては、遺留分減殺請求が認められた場合、原則として受遺者や受贈者はその目的物を現物で返還しなければならないとされていました。

これは、遺留分の保障という制度趣旨に沿って、具体的に物権を回復させるための仕組みと考えられていたためです。しかし、現実の相続実務では、目的物がすでに第三者に譲渡されていたり、共有状態になっていたりすることも少なくなく、現物の返還が必ずしも円滑に行えるとは限りませんでした。


こうした実情を踏まえて、旧法では例外的に「価格弁償」の制度が認められていました(旧民法1041条)。

これは、受遺者や受贈者が現物を返還する代わりに、その目的物に相当する金銭(価額)を支払うことによって、返還義務を免れることができるという仕組みです。金銭による調整が可能になることで、相続財産の分配に柔軟性が生まれ、現物返還による煩雑な手続やトラブルを回避できるメリットがありました。


もっとも、価格弁償が認められるためには、受遺者側が単に「弁償する意思がある」と述べるだけでは足りず、実際に弁償金の提供または履行を行う必要があります。

この点について最高裁は、「弁償意思の表明だけでは義務を免れず、現実に金銭を提供して初めて義務の履行と認められる」と明確に示しています。この判例は、価格弁償における義務履行の基準を具体化した重要な判断といえます。


また、平成20年の最高裁判決では、価格弁償の成立には「遺留分権利者が弁償を受け入れる意思を示したとき」に、権利者は目的物の権利をさかのぼって失い、代わりに弁償金の債権を確定的に取得する、という二段階構造を採用していました。

このように、価格弁償は双方の意思表示がそろって初めて成立するという性質を持っており、単独の行為によって当然に成立するわけではありません。


さらに、弁償金の「価額」をいくらに設定するかについても争点となることがあります。価格算定の基準時について、最高裁判決は、通常は「弁償がされる時点」を基準とし、訴訟が提起されている場合には「事実審の口頭弁論終結時」が基準とされると判示しました。このように、価格弁償は制度としての柔軟性を持ちながらも、成立には複数の要件を慎重に検討する必要があり、実務上の運用には一定の複雑さを伴っていたといえます。


このような旧法下の価格弁償制度は、あくまで現物返還原則を補完するための例外的な措置でした。しかし、制度の運用実態や判例の積み重ねによって、次第に金銭による調整が重要な位置を占めるようになり、最終的に平成30年改正では、制度そのものが金銭請求へと一本化されるに至ったのです。


平成30年改正後の制度との違い

- 遺留分侵害額請求との対比

改正の中心は、従来の「遺留分減殺請求」制度を廃止し、代わりに「遺留分侵害額請求」という新たな制度が導入された点にあります。この変更は、単なる用語の変更ではなく、制度の構造自体を根本から見直すものであり、相続実務にも大きな影響を与えました。


旧法では、遺留分権利者が減殺請求を行うことによって、物権的な効果が発生し、受遺者や受贈者から現物の返還を受けることが原則でした。

請求が成立すれば、目的物の所有権が当然に遺留分権利者に帰属し、必要に応じて共有持分の移転登記などが求められるケースもありました。このような制度設計は、現物に対する権利回復を重視したものでしたが、現実の相続においては、複雑な登記手続や共有関係の解消、さらには第三者との関係整理といった問題を引き起こすことも多く、実務的な混乱を招く一因となっていました。


こうした課題を解消するために導入されたのが、現行法の「遺留分侵害額請求」制度です。この制度では、遺留分を侵害された権利者が請求できるのは「金銭の支払い」に限定されており、もはや物権的効果は伴いません。言い換えれば、権利者は侵害額に相当する金銭債権を取得するにとどまり、目的物そのものの権利を取得することはできないという構造です。この変更によって、権利の実現がより明確になり、相続手続の簡素化や紛争の予防が期待されるようになりました。


さらに、改正法では遺留分義務者の側にも柔軟な対応が可能となっています。たとえば、遺留分侵害額請求を受ける前であっても、自主的に金銭を支払うことが認められており(任意弁済)、また、金銭の一括支払いが困難な場合には、裁判所に「相当の期限の猶予」を申し立てることも可能です(民法1047条5項)。このような規定は、遺留分の調整を「金銭で行う」という前提のもとで、実務の柔軟性を高めるために整備されたものです。


注目すべきは、旧法においては例外的な手段として位置付けられていた「価格弁償」が、改正後は制度の中核に据えられることになった点です。つまり、遺留分の調整は原則として金銭によって行われるべきものとされ、目的物の返還という発想自体が制度設計から除外されたのです。これは、権利の実現手段を債権化することで、相続の安定性や実務の効率性を優先するという立法政策の表れとも言えるでしょう。


このように、平成30年の改正によって、遺留分制度は「現物返還を前提とする物権的構造」から「金銭支払を前提とする債権的構造」へと大きく姿を変えました。その結果、従来は複雑だった相続後の調整が、より明快でスムーズに行えるようになり、現代の相続実務に即した制度となっています。


令和7年7月10日最高裁判決の解説

令和7年7月10日に言い渡された最高裁判決は、旧民法下における遺留分減殺請求と価格弁償に関する理解に、極めて重要な判断を加えた判例です。

本件は、相続開始が平成31年6月30日以前であったため、旧民法が適用される事案であり、受遺者が現物返還ではなく金銭での解決、すなわち価格弁償による処理を希望したケースでした。


争点となったのは、「遺留分権利者が沈黙を貫いている状況下において、受遺者の一方的な価格弁償の意思表示だけで、金銭支払義務が成立するのか」という点です。下級審では、受遺者の弁償意思表示を重視し、「黙示の意思表示によっても金銭債権への転換は成立しうる」として、受遺者に価額支払義務を認める判断が示されていました。


これに対し、最高裁は明確に異なる結論を導きました。判決は、「遺留分権利者が価額弁償を受け入れる意思を表示しない限り、弁償金による解決は成立せず、受遺者の一方的な意思表示だけで金銭債務は発生しない」と断言しました。すなわち、旧法下において価格弁償が成立するためには、権利者の側からも積極的に「弁償で足りる」との意思表示が必要であるとしたのです。


この判断は、平成20年の最高裁判決が採用していた二段階構造――すなわち、受遺者の弁償意思表示と遺留分権利者の受諾意思表示の双方が揃って初めて金銭債権化が成立するという構造――を再確認しつつ、受遺者の一方的行為のみで価額弁償が成立するかのような実務上の運用を明確に否定した点で新しい意義を持っています。


この判決によって、旧法下における共有持分の処理において、権利者が沈黙を続けることで現物返還を維持し、あえて金銭での解決を拒む戦略も法的に正当なものとして認められることになりました。実務上は、共有解消や不動産の処理をめぐる場面で、和解や調停の方向性にも大きな影響を与える可能性があります。


特に、これまで「受遺者が払うと言っているのだから、金銭で済ませるのが合理的だ」と考えられていた実務慣行に対して、今回の最高裁判決は強い歯止めをかけた格好です。今後は、遺留分権利者の意思表示の有無を丁寧に確認したうえで対応する必要があり、形式的な処理では済まされない局面が増えることが予想されます。


このように、令和7年7月10日の最高裁判決は、旧法下における価格弁償の法的性質と成立要件を明示し、現物返還原則を支える法理を再確認した極めて重要な判断であるといえるでしょう。


実務への影響と対応の指針

令和7年7月10日の最高裁判決は、旧民法が適用される遺留分減殺請求における価格弁償の成立要件を明示することで、今なお継続中の旧法案件に実務的な指針を与える重要な判断となりました。

特に、「弁償する」という受遺者の意思表示だけでは金銭による解決が成立しないという点が、今後の遺産分割や和解交渉の進め方に影響を及ぼすと考えられます。


旧法下では、遺留分減殺請求によって物権的効果が発生するため、権利者は共有持分権などを取得し、現物返還を前提とした交渉が行われることが一般的でした。

その過程で、受遺者が「現物の返還は煩雑だから金銭で弁償したい」と申し出ることも少なくありません。

しかし、今回の判例により、権利者が金銭弁償を受け入れる旨の意思表示を行わない限り、弁償義務は生じないことが明確になりました。

このことは、共有状態にある不動産について、遺留分権利者が「現物の持分を保有し続けたい」と希望する場合に、法的にその立場が保護されることを意味します。


一方で、受遺者や他の相続人の立場からすると、共有関係が残存することによって不動産の売却や管理に支障が生じる可能性があります。今後は「金銭で解決したい」と考える側が、権利者の意思表示をいかに引き出すかが交渉戦略上の鍵となります。


また、改正後の制度ではすべてが金銭請求に一本化されているため、今回の判例の射程はあくまで旧法下に限られます。ただし、旧法と新法の接続的理解を深めるうえでも、旧制度がどのような理屈で金銭処理を認めていたのか、そしてそれがいかに債権化されたかという流れを知ることは、実務家として重要な知識となるはずです。


総じて、今回の判決は「金銭による解決が当然の前提ではない」という原則を明確にした点で、遺留分制度の理解を一歩進める契機となりました。今後は、旧法適用事案の処理において、当事者双方の意思表示の有無や内容に、より一層注意を払う必要があるでしょう。


まとめ

本記事では、旧民法における遺留分減殺請求制度と、そこにおける価格弁償の位置づけを整理したうえで、平成30年の法改正による制度転換、そして令和7年7月10日に言い渡された最高裁判決の内容と実務的意義について解説してきました。


まず、旧法では遺留分を侵害された権利者が、物権的効力を伴う減殺請求によって目的物の一部を回復するという仕組みが採用されていました。この制度のもとでは、受遺者や受贈者は原則として現物を返還する義務を負い、例外的に「価格弁償」という形で金銭による清算が認められていました。ただし、その価格弁償の成立には、単に受遺者が「弁償する」と述べるだけでは不十分であり、遺留分権利者の側にもそれを受け入れる意思表示が必要とされる点が、従前から重要な論点でした。


このような背景のもとで登場したのが、令和7年の最高裁判決です。この判決では、価格弁償の成立には遺留分権利者の明示的な意思表示が不可欠であり、受遺者の一方的な意思表示のみでは金銭債務は発生しないことが明確にされました。これにより、下級審でしばしば見られた「黙示的な意思表示による弁償成立」とする実務運用には明確な歯止めがかけられることとなりました。


一方、平成30年改正により導入された現行法のもとでは、遺留分の行使手段が「金銭請求」に一本化され、物権的な返還請求は制度上排除されています。旧制度における価格弁償が例外的であったのに対し、改正後はむしろそれが標準的な対応となった点が、制度全体の大きな転換と言えるでしょう。これにより、現行法では共有関係の複雑さや登記上の煩雑さを回避しやすくなり、相続実務がよりスムーズに行われるようになりました。


ただし、今回の最高裁判決の射程は、あくまで旧法が適用される相続案件に限定されます。

現在でも、平成31年6月30日以前に開始した相続については旧制度が適用されるため、実務家は相続開始時期を正確に確認し、どの制度が適用されるのかを慎重に見極める必要があります。また、旧法に基づく案件では、共有持分の維持や現物の取得を希望する遺留分権利者の意向が法的に保護されうることを再確認し、交渉・訴訟対応を進めるべきです。


このように、遺留分制度は改正によって大きく変わったとはいえ、旧法の理解も引き続き実務上不可欠です。今回の最高裁判決を通じて、旧制度の理論的な構造と、その適用限界があらためて明確になりました。今後も、制度の沿革と運用を丁寧に整理しながら、法改正の趣旨と実務対応をバランスよく理解することが求められます。

以上、「遺留分減殺請求と価格弁償の全体像|旧法の実務・令和7年最高裁判例をわかりやすく解説」でした


弁護士 大石誠

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